インタビュー
コロナ禍で何を”得た”のかvol.05/「スイーツの街・神戸」を支えるパティシエたちの団結力
patisserie AKITO(パティスリーアキト)
オーナーシェフ 田中 哲人(たなか あきと)さん
「“不要不急”の外出を控えましょう」。コロナ禍の拡がるなか、多くの人がこの言葉に応じ、約2カ月にわたる自粛生活を送った。限られた環境に、少なからずストレスが生じる日々。時には、心を軽くしてくれる嗜好品の有り難みを再認識した人も少なくないだろう。同じ目線で、自分の価値を見つめ直したパティシエがいる。神戸・元町にある「パティスリー モンプリュ」「コンパルティール ヴァロール」「パティスリー アキト」の3店舗は、自粛期間中に各店の焼き菓子を詰め合わせた『元町セット』を販売した。本来ならばライバル関係にある近隣の同業店舗はなぜ、協力体制を取ることになったのだろうか。その結果はどうだったのか。「パティスリー アキト」の田中哲人シェフに聞いた。
きっかけは「こんな時だからこそスイーツを食べたい」という声
新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発出された4月上旬。いつもは観光客や近隣住民で賑わう神戸の元町通からも人影が消えた。多くの飲食店が苦戦を強いられる中、同様に頭を抱えていたのが「パティスリー アキト」の田中シェフだ。店の売り上げは前月比の約2割減、外部卸も含めると全体では4割以上の減。そのような状況でも余儀なくされた営業時間の短縮に、イートインの閉鎖。苦しい現実を前に、しかし田中シェフは従業員の給料は変えぬことを心に決めていた。
打開策を練る田中シェフ、実はこのときある言葉に悩まされていたという。それが“不要不急”だ。「スイーツとは嗜好品であり、生きていく上で絶対に必要なものというわけではありません。この位置付けに、僕だけでなく、他のケーキ屋さんたちもどう舵を切っていけばいいものか悩んでいたと思います」。
そんな田中シェフの背中を押したのが、ある常連客から届いた声だった。「こんな時だからこそスイーツを食べたい」。こんな時期でも自分たちのスイーツは求められている、それで人を幸せにすることができる。前向きな気持ちを取り戻した田中シェフは、店から徒歩圏内にある「パティスリー モンプリュ」の林周平シェフに、一緒に何かしないかと提案を持ちかけた。
功を奏したのは、コロナ禍に見舞われる前から築かれていた連携の土台
田中シェフと林シェフは、“パティスリーの街 神戸”の発信力を高めるために結成され、2015年から国内外で活動を続けるパティシエグループ「オリジンコウベ」のメンバー同士。お店の垣根を越えて切磋琢磨することが、個々の、そして地域全体の魅力向上につながるという見解は、この活動で養われたものだった。「オリジンコウベでの土台があったから、今回も柔軟に連携できました。非常時だけでなく、普段から活動することの大切さを改めて見いだしました」。
林シェフから出されたアイデアが、オリジンコウベのもうひとりの元町メンバー「コンパルティール ヴァロール」の大西達也シェフも誘って、チーム元町で作り上げる焼き菓子のセットだ。フィナンシェ、クッキー、マドレーヌなど各店自慢の焼き菓子を詰め込んだ『元町セット』。その名称は「神戸元町界隈を散策する気分で楽しんでほしい」という思いから付けられた。「何かあればすぐに対応できる近所の3店舗でまずは始めようと決まりました。通販の体制も整えて、企画から5日後には販売を開始しました」。各店舗10セットを1週間で販売する目標を立て、それぞれのSNSやホームページで告知を開始。3店舗の発信力が相乗効果を生み、反響は予想以上のものとなった。
危機を乗り越えて磨かれた、パティシエとしての矜持
「それぞれのお店や神戸スイーツの、ファンの方々が応援してくれたおかげです」と田中シェフは振り返る。『元町セット』の注文は新規や遠方からも入り、“これをきっかけに神戸のスイーツ食べ歩きをしてみたくなりました”といった嬉しい声も寄せられた。「自分たちの作るもので元気になる人たちがいる。これまで以上に、ひとつひとつ心を込めて作ろうという気持ちになりました」。
最後に、田中シェフはこんな話もしてくれた。「実はコロナ以前からパティシエの業界には、国の方針による働き方改革やカロリー表示の義務化などさまざまな変化がありました。変化への耐性から、今回も冷静さを失わずにいられたと思います」。変わり続ける時代を生き抜くには、確固たる自信と一貫した信念が不可欠。コロナ禍でそれがいっそう顕著に浮かび上がった。危機を乗り越えた今、なおこれからを見据えて「さまざまな新しい試みや、商品力強化に努めたい」と語る田中シェフ。真摯な言葉に、愛され続ける同店の未来像を垣間見た。
写真:西山 榮一、文:高井 智世