特集
コロナ禍で何を”得た”のかvol.02/食都神戸を守りたい。
神戸市「企画調整局つなぐラボ」
特命係長 長井伸晃さん
神戸の食を支え続けてきた人たちを支える時。
豊かな自然と港町としての歴史に育まれた、神戸の多様な食文化。今、その食文化の灯を絶やさないために全精力を傾けている人がいる。神戸市企画調整局つなぐラボ(特命ライン)の長井伸晃さんだ。
新型コロナウイルス感染症の流行が広がる中、「早く手を打たないと、神戸の食を支えてきた中小規模の飲食店がどんどん閉じてしまう」と長井さんは早い段階から危機感を持っていた。そこで、まず初めに飲食店の売上を確保するため、デリバリーサービスのウーバーイーツと連携した支援策を打ち出すことにした。通常は飲食店が負担する割引費用などの助成をはじめ、神戸市独自の施策を盛り込んだ支援策を、なんと緊急事態宣言の3日後にスタート。デリバリーの利用が増えれば、働く場所を失った従業員たちも、配達パートナーとして収入を確保できる。事業者だけでなく、利用者、雇用者を含む、すべての人にありがたい施策となった。
なぜ、ここまでの施策を、これほどスピーディに行政が実施できたのか。その背景には、「市長をはじめ、神戸市が普段から民間企業の新しい技術や仕組みを積極的に取り入れようとする姿勢があったからこそ」と長井さんは語る。また、長井さん自身も市役所の仕事とは別に、神戸ITフェスティバル、TEDxKobe、NPO法人 Unknown Kobeなどの活動に積極的に参加してきた。市民活動や民間企業との連携事業に普段から関わり、幅広いネットワークを培ってきたことが今回のコロナ禍で活き、実施へのスピードにつながったと言える。
「私の地域は配達区域外で利用できない…」
そんな声も寄せられたが、想定済みだった長井さん。すでに出前館との連携にも乗り出していた。出前館ならより広いエリアをカバーできる上、衛生管理面での信頼も高く、市民の不満や不安に応えることができる。でも、これにも時間をかけてはいられない。ウーバーイーツとの連携を発表した2週間後には、出前館との事業連携による新たな支援策を打ち出した。
苦情はSOS。必要な施策を1つずつ形にする。
ステイホームが叫ばれる中、2つのデリバリーサービスは神戸市の多くの家庭に幸せなひと時を届けた。三児の父としての顔を持つ長井さんも、「家事の負担軽減にもなりますし、デリバリーが届くととにかく子どもたちが喜ぶんです!」と食の大切さを実感したという。
その一方で、新たな問題も浮上した。長井さんは市民の声を自分の耳で確かめるために、問い合わせの窓口の電話にも応対する。中でも多かったのが、これまでデリバリーを行っていない飲食店からの悩みと苦情だ。「どうやってデリバリーを始めればよいのかわからない」「デリバリー用の容器が品切れになっていて手にはいらない」というもの。さらに、これから気温が上がっていくにつれて、食中毒の危険性が高まる事に長井さんは危機感を募らせていた。「お店の存続の為にお弁当を作ってがんばっているお店が、場合によっては、食中毒によってお店が営業できなくなってしまうかもしれない」これに対する注意喚起もいち早くしなければならない。
それらの問題の解決策として打ち出したのが、「テイクアウトスターターキット」だ。持ち帰り用の容器と衛生管理を啓発するリーフレットを飲食店200店舗に無料で配布するというもの。リーフレットは事業者向け、配達者向け、購入者向けの3種類に分けて用意した。形式的なものでなく、実際に使ってもらえるツールにこだわる徹底ぶりに、長井さんのきめ細やかな心遣いを感じる。「ニーズは非常に高いと思っていました」その言葉の通り、5月18日に申し込み受付を開始すると、あっという間に上限に達した。ちなみにこの施策は、6月1日に第二回募集が予定されている。
この変化を神戸の新たな食文化につなげていく。
しかし、どうしても配達エリア外となってしまう地域がある。そうした人たちから、「子どもを連れて買い物に行くわけにもいかないので困っている」という声も長井さんには届いていた。あまりに悩ましい問題…。
そんな時、長井さんに「何か協力できることはありませんか?」と声をかけてくれたのが、「mobimaru(モビマル)」というキッチンカーのサービスを提供する日本移動販売協会だった。キッチンカーでの販売なら屋外になるので3密を回避でき、売上が落ち込んでいる飲食店もレンタルキッチンカーを利用することで新たな販路の確保ができる。長井さんは庁内の仲間も巻き込んですぐに北区の東有野台と西区の秋葉台の2か所で、三宮など市街地の飲食店がキッチンカーを借りて出店する実証実験を開始。その結果、利用したほとんどの方から「良い、または大変良い」との高評価を得ることができ、出店した飲食店からも「売上が良かったからキッチンカーを購入してみようかな!」と上々の反応を聞くことができた。
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実はキッチンカーで地域を支援・活性化するアイデアは以前から持ち上がっていたそうだ。それが今回のコロナ禍によって奇しくも推進された。「今回のことを機に、新しい未来が拓けている面もあります。もちろんまだまだ厳しい状況に変わりはないと思いますが、前向きに捉えながら、神戸の食文化の発展につながるようなご支援ができれば」と話す長井さん。「今後も神戸の飲食店、市民、就労者のすべての人が、コロナに負けず、笑顔になれる施策を進めていきます。神戸一丸となってこの危機を乗り越えましょう!」と熱い想いを聞かせてくれた。
この危機を乗り越えたとき、これまで以上に神戸の食文化は栄えていく。長井さんの頼もしい言葉と行動の1つひとつがそう感じさせてくれた。
写真:濱 章浩、文:古本 晃靖